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子育てしてみて分かったことは現実が刻々と変化して、ある時ぴったりだと思った好物・友人・お稽古・子育て法が急に変わることも多く全く予測がつかないことです。子供達が小学生以下だった頃、自分の子育て方を過信していた私はティーンの対応に悩むようになり、自分の無力さを認めざるを得なくなりました。子供が大きくなればなるほど親の役割は減っていき、どんなに子供の身を思って誘導しようとしても逆効果だと気づく毎日でした。できることをした後はただ祈って委ねるしかない、といつの間にか気づきました。
諦めとは違う委ねるということはどんな姿勢なのか。半信半疑のまま時間ばかり経っていき息子が教会を離れてもうすぐ5年経とうとしています。成人してから家族関係は改善したものの信仰に関しては全く無関心の彼を見守ることと祈ることしかできません。本人が神の存在への不信感を抱いたのは、ティーンになりたての頃に自分の過敏過ぎる性質を治して欲しいとイエス様に祈ったのに癒されなかったという過去がありました。
そのつまずきから8年余り経った冬休み中、帰省していて家族に付き合いクリスマスミサに同席した息子は、「イエスとサンタクロースは違う。馬小屋でお生まれになったイエス様は人間の苦しみを共に味わい人生を歩んでくださる。」という司祭の説教に耳を傾けたのか、聖霊が働いてくださったのでしょうか。御聖体拝領の時、それまでのように席に留まることなく一緒に立ち上がって列に加わり祝福を受け、家族と一緒に祈ったのです。この時に限り、家族全員がミサの20分前に教会に辿り着き、いつもの教会ホールではなくお御堂最前列だったのでインパクトが強かったのでしょうか。

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その後また学生生活に戻り、本人の生活は信仰から遠のいたままです。でもあの時自分から祝福を受けたことで新たな突破口が開かれたと信じ、いつか本人にとってよきタイミングで導かれていくという希望を持つようになりました。今までの祈りや嘆きは全部神様に聞かれていて神様が良きに計らってくださる、という思いが久しぶりに横切り言い尽くせぬ安堵感を感じるこの頃です。
天使のお告げの場面で「お言葉通りになりますように。」と聖母がお応えになった瞬間、救い主が宿られる道が開けました。当初のイスラエルでは未婚の母は凄まじい石打ちの刑にさらされることをご存知だったマリア様の揺るぎない信仰と勇気は計り知れません。この模範に習って神が望まれる清く正しい道を迷うことなく歩むことができたら、と思います。
主イエスの救いを通し、我らの聖母にとりなしを唱えます。ご一緒にどうぞ。
あわれみの母聖マリア、
恵みあるれる聖マリア、
キリスト信者の助け、
悩み苦しむ者の慰め、
闇の中の道しるべ、
希望の母聖マリア、わたしたちのために祈ってください。
あなたに倣い全てを神に委ねることができますように。
アーメン
(この祈りは聖マリアの連願の一部を抜粋しました。)

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