
『婦人よ、御覧なさい。あなたの子です。』これがマリア様に語られたイエス様の最後の言葉でした。その後弟子のヨハネが自分の家に聖母を引き取り、最初の弟子である聖母は模範と祈り、犠牲によって弟子達を支え導いたことと信じられています。
カトリックの伝統的理解では聖ヨゼフはイエスが亡くなる前に帰天したと憶測されています。十字架の場にその名が挙げられていないことから見解が一致しているようです。逆境の中で共に歩んできた夫を亡くし、御子は無惨な死を遂げた後、未亡人となられた悲しみのマリア様は、新しく誕生した教会したばかりの教会の様々な問題を目の当たりにし、引き続く厳しい迫害の中で余生を過ごされました。
だから私達が家族でたった一人の信者である孤独感、家庭や仲間の内で信仰の故に孤立する時、誤解される時、人間関係に亀裂があり悩む時、信者なる私達は悲しみの聖母から慰めだけでなく力を頂き、先が見えなくても日々信仰を持って歩むことができます。

お告げの場面で天使から神の母となると伝えられた時、マリア様はきっとこのような孤独感を味わるとは考えていなかったでしょう。ですが、神殿で聖家族が御子を捧げた時に、イエスが「啓示の光」となるものの「反対を受ける」とのこと、そして聖母の心も「剣」刺されると預言者シメオンに告げられました。その言葉を受けて、当初意味は分からなかったかも知れませんが、きっとイエスの死後に預言が成就されたと悟られたことでしょう。
聖エーディト・シュタインによれば女性は周りの周りの人をありのままに「包容」し「受け入れる」能力を授かっています。妻、母としての私たちの役割は目立たず、注目されることは少ないでしょう。聖母はお告げの後、急いで従姉妹である聖エリザベトの手伝いに出向き三ヶ月の間身の回りの手伝いをしました。当初周りの人々は気にかけなかったかもしれませんが、神様はきちんとご覧になりこの出来事はロザリオの祈り喜びの玄義の大切な一部となりました。だから、私達が親族の介護や世話をする度に神様はしっかりとご覧になり、目を細めてお喜びになっておられると思います。

数年前、自宅で心不全末期の義父のホスピスケアをするかどうか主人に打診されました。当初17歳だった長男は反抗期の真っ盛りでよく学校から連絡があり無断の外泊も頻繁で数年間会話が途絶えており、長女もその影響か成績がガタ落ち、主人は遠方への通勤で不在がちだったので同意すべきか悩むところでした。ですが、一人っ子で父親思いの主人への気遣い、そして最初から諦めて断っては信者らしからぬ行為だと思い、賛同しました。この承諾は家族にとって、一言で言うと「大当たり」となったのです。
と言うのも大柄な義父の介護には、それまで人生に何の目的も見出せかった長男の腕力が大変役立ち、頼りになる存在になっていったのです。アルバイトを通して世間を見ることもできて、少しずつ本人は自分らしさを取り戻しました。その影響で長女もサボっていた勉学に真面目に取り組むようになりました。
赦しの秘蹟と病者の塗油を頑として拒否していた幼児洗礼の義父がある時ふと病者の塗油に同意し、秘蹟を受けた後あっけなく二ヶ月で亡くなりました。また、それまでは主人と義父の仲に入り込むことができなかった私も、何気ない会話や昔話を通して結婚後約20年で初めて心通うひとときを過ごせたのです。
もちろんその間楽しいことばかりでなく、酸素が脳に通わなくなってしまった義父は普段の態度とはかけ離れた言動も見られました。また結果的には好転した長男の態度ですが、当初は日によってマチマチだったので悩みは尽きませんでした。それまでにない孤独感と悲壮感に見舞われ辞めたいと思ったことも多々ありました。これ以上無理だと思って一人で祈った時に目についた聖書の箇所は「悪を持って悪に、侮辱をもって侮辱に報いてはなりません。かえって祝福を祈りなさい。」(1ペテロの手紙3:9)でした。それを見て、どんな扱いを受けても思いやりをもって過ごそうと心に決めホスピス生活は長期的な状況だろうと予測していましたが、介護生活は四ヶ月弱で幕を閉じました。
欠点だらけの信者の私でさえこんな恵みを受けました。だから神様は信者一人一人をご覧になって、心から愛を込めて家族に奉仕する信者一人一人に必ず力を与えその御業を示されると信じています。聖書によれば神は「地に住む全ての人に目を止められる。人の心をすべて造られた主は彼らの業をことごとく見分けられる」とあります。私達女性の敏感かつ思いやりのある性質を創造した神御自身が私達を暖かく見守ってくださると考えてください。信仰を促すかのように「見よ。主は御目を注がれる。主を畏れる人、主の慈しみを待ち望む人に。」という言葉が続いています。(詩篇33:14b〜15、18)
キリスト教が浸透していない日本社会では、家族の中で一人のキリスト信者という場合も多々あると思います。また信者と結婚していても、信仰の度合いに差があったり子供が信仰を去ることも稀ではありません。聖母もイエス様のご昇天後、地上に残られて似たような孤独感をきっと味わわれたということを思います。
大きなイベントの後は必ず後始末係が必要です。人類の救いという空前絶後の出来事を終え、御子と同じ空間過ごすことができなくなった後、残された聖母がどのような日々を過ごされたのでしょうか。信仰の模範となり、祈りと犠牲が弟子たちにとって支えになったと思います。だからこそ辛い時は悲しみの聖母を通して慰め、力と希望を受け、落胆や自己憐憫、無感動といった反動的な感情から自由になれます。先のことは分からなくても日々必要な導きと力を受けて心を込めて信者生活を送れるように聖母は執りなしてくださるのではないでしょうか。

イエス様の初めての奇跡『カナの婚宴』の場面では、葡萄酒がなくなりそうになり主催者が大恥をかくことを察知し、聖母はみずから御子に執りなしてくださいました。私達が心開いて聖母にとりなしを頼む時、例え変化がなく自分たちの思い通りにならなくても何かが動き、いつか神様の御業が現れると共に信じていきましょう。
先ほど「大当たり」と申しましたが、長男の反抗期中に信仰を失い長女も引きづられて信仰の火が途絶えてしまった状況は今でも引き続いています。祈りというのは自分の思いを神様にねだって言う通りにして頂くのではなく、神様のご計画に自分の思いを合わせることだとある説教で耳にしました。一刻も早くと焦る気持ちを抑えて、全てを主に委ねる強い信仰を持てるようにマリア様のとりなしを願う毎日です。涙を流しつつも神への信仰を忘れなかった悲しみの聖母に寄り添い、同じ信仰を持つ方々と共に支え合いたいと願ってこのブログを書いています。

Generated with AI through WordPress
最後に微力ながら祈りを付け足します。
イエス様とマリア様、日々の生活の中で与えられた状況をありのままに受け入れることができますように。聖霊を送ってください。その力によって受けた慈しみと恵みを周りの人と分け合い、この乾いた土地で私の生き様があなたの証となりますように。アーメン
コメントを残す