何が大事?

モンテソーリ付属学校で小学校教員をしていた時、年初に父兄への説明会があり校長がまず切出しに問いかけるのは「あなたの家庭では何が大事でどんな子に育てたいですか?」という質問でした。「幸せになってくれれば良い。」「人の役に立って欲しい。」「潜在能力を生かしてほしい」など良い答えが沢山聞かれます。モンテソーリは詰め込み式とは正反対で学ぶ楽しさと共に自立を促し人格形成を大切にする教育法なので、自問自答して欲しいという意図があったようです。

小学生の頃は習い事や塾で毎日が埋まっていき、気がついたら思春期に突入となっていった我が家です。でも子供達が今でも覚えているのは家族一緒で旅行やハイキングに行ったこと、一緒にお菓子を作ったこと、親戚や友人との交わり、手作り料理を味わったこと、幼児の頃繰り返し読んでやった絵本、子供が手が届くところにおもちゃが置いてあったこと、等々一緒に過ごす時間なのです。そんなことを通して、自然に親しむこと、手作りの良さ、読み書きなどを自然に身につけることができます。

子供と過ごす時間は、どんな習い事でも教えることができない大切な仕事です。説教ではなく身を持って普段から大切にしていることを継承していけますよ。我が家では夫はアメリカ人で子供はアメリカで育ちましたが、幼年期から低学年まで長男には努めて日本語で接するようにしていました。中高生の時は日本語に接していませんでしたが、10代後半になってから祖父母を訪ねて時折日本訪問をするようになりました。寮生活中の今でも電話がかかってきてレシピや良いハイキングコースはないか、と聞かれるのは嬉しいです。

ところで現代によく見過ごしやすいのは、粘り強い人格を育てなければいけないということです。社会に出てから些細なことでキレたり落ち込んだりしないようにも、親が進んで失敗談を普段から話すこと、それをどのように耐え乗り越えたかを手短に話すこと、また間違ったら謝ることはとても大事です。すると家庭に緊張感が解けて包容力のある空間になります。

ある日小六だった次男が学校が終わると開口一番に算数のテストが53点だったと報告しました。素直に報告したので怒る気にはなれず色々解決策を練り、それまでの経緯を探っているうちに親としてのイライラ感や不安感が消えていき、建設的な気持ちになれたのは視点を変える術をこの校長から教わっていたからです。もしその場で感情に任せて小言を言ったらその後本当のことを話してくれなくなってしまうかもしれません。親の感情は子供はとても敏感なので、自制心を持つことは大事です。すると、子供も人生では避けることができない多少の苦難に持ち堪えられる粘り強い人格に育っていくでしょう。

世の中に二人と同じ人はいないのと同様、子供も一人一人決してユニークな存在で決して複製することもできず神様の似姿に創られたのです。競争社会ではとかくパフォーマンスを比べたくなってしまいますが、比較して誰かに優っているから誇らしいというのは条件付きの愛で、信者らしい無条件の愛とは違います。何があってもお母さんは味方だということを信じることが、子供にとって自分に向いた道をいつか切り開けるための肥やしになると思ってください。

主は天から見渡し人の子らをひとりひとりご覧になり御座を置かれた所から地に住んでいるすべての人に目を留められる。(詩篇33:13)

コメントを残す