我が家では子供達は庭仕事、草むしり、風呂磨きなどで父親から小遣いをもらっていました。また学校に定時に通学し、定刻に授業に参加するという条件で少額ですが小遣いをあげていました。もし遅刻、授業サボリ、部屋が乱れている場合は金額を差っ引きます。この時、説教をせず淡々と理由を説明することが大事です。しかしティーンともなると、好みの洋服を買ったり友達と出かけるのにはお金が足りず、長男は近所のスーパーでバイトを始めたのです。

バイト先で社会を垣間見て感じたことは多かったようです。店で日々働く様々な年代の大人達に囲まれて、自分は今勉強して学歴を持って将来を築こうという気持ちに変わっていったようです。アルバイトは自立につながり社会と接する大事な機会になりました。
もう一つ本人に大きな影響を与えたのは、とても裕福な家庭で育った友人と一緒に日本に住む祖父母の家に遊びに行った時の出来事でした。話によるとこの友人は指示されても自分の洗濯物を干すことも取り込むこともせず、買い物に明け暮れお金が尽きるとアメリカに住む母に小遣いをせびり次の瞬間に25万円相当の送金を受けていたそうです。また、アメリカに帰国する日も起きるべき時間に自分から起きずに周りに心配をかけまくっていました。その様子を見て息子は渋々やっていた手伝いや家事も自立に必要なスキルだったことに気づいたようです。
息子にとって最後に極めつけだったのは、別の友人とのやりとりでした。その友人はまるで俳優カップルのような両親を持ち、家は海の近くでドライブウエイのマイカーはポルシェでした。夏休み、冬休みは海外やリゾートへの長期旅行というライフスタイル。その子の家でティーン達がたむろしていることは多々あり、かねて「ウチみたいな家庭ではなく『もっと別の家庭』で育っていればもっと幸せになれた」と息子が言っていましたがおそらくこの家で生まれて育ちたかったと思っていたのでしょう。その子は音楽の才能に恵まれ、高校生の時から奨学金が約束されていたのです。ますます夢のまた夢のような眩しい存在だったのでしょう。

しばらく経って息子もようやく自分の将来を真面目に考えるようになって、友達とも将来の話をするようになった時、この友人は学費の一部は奨学金が出るものの残りはその子が学資ローンを負担することを知り俄然としました。それと引き換えに、我が家は派手な出費は控えて子供の学費を貯めてあり、寮生活と学費を親が負担する準備があると悟った時、親を見る目が変わりました。
子供のご機嫌をとることなく家事を一緒にやって覚えさせ、一人でできるようになれば義務とし、小遣いや嗜好品はほどほどにしておいて本当に良かったと子供が成人してから思います。愛するからこそ甘やかさず、地に足がついた健全な習慣をつけておけば一時反抗しても、後々本人にとって自立の道が開け社会人への道のりに役立ちます。
主は愛する者を鍛え、子として受け入れられる者を皆、鞭打たれる ヘブライ人への手紙12:6

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